朝おきて、カーテンあけて、びっくり。
車も脚立も、雪化粧。
ーー千葉市は都町の植木屋さんーー
サザンカの赤い花が、1輪、咲いていた。
妻の両親が、施設に入居するまえに伐採したのだが、また根元から伸びてきていた。水道メーターの隣だったので、私たち夫婦が住む前に、根を掘り起こして、伐根した。
がまた、残った根から、生えてきた。ボケの下だが、丸い刈り込み手入れで、生かしておくことにしたのだった。
生命力とは、すごいな、と思う。がそれは、ひとつの力というより、みんなの力、だからだろう。木がなくなっても、日が当たるようになれば、まず雑草とされていた命たちがわっと生える。
そのわっとの一つの、赤い一輪。
難しい問題だ。迷惑とかいう実際問題をこえて、命とは何か、それが続く、いや続いていくはずの生命とは、どこにあるのだろうか? 切られて終わりなら、生命とは言えまい。
民俗上の古語では、庭とは作業場のことだった。ならば、庭とは、どこで引き継がれていく営みなのだろうか?
小さな松だと、なお時間がかかったりする。小枝一つで、樹冠をととのえないといけなかったりする。あっ、と折ってしまうと、頭が欠けてしまう。
この松も仕立て直しはじめて3年目で、そんな用心をする必要になってきた。去年までは朝一番の8時から3時間でやって、他の庭木手入れもやって、1日で終いにできたけれど、もう無理、と判断し、おかみさんに申し出る。
結局、午後の3時まで、松の手入れをしていたのだった。
これで、本年の松手入れはおわり。やっと自分の爪の手入れができるのであった。
松尾芭蕉が庵に植えていたことから、芭蕉の木、と呼ばれるとか。
バナナの仲間たがバナナでない。ジャパニーズバナナとも呼ばれるそうだが。写真のように、バナナみたいのがなるのだが、渋くて食えないそうだ。
そもそも、木ではなくて、草です。5メートル近くもでかくなるけど。
これは、クロマツ。
去年はちょうど1日で仕上げられたが、今年はもう少し時間が必要になった。
前の植木屋さんが刈り込みみたく松手入れをしていたので、まず一昨年は枝抜き。緑摘みを2年して、やっと盆栽に近い密な玉ができてきた。
上方は毎年の反復仕上げ骨格ができてきたが、日が当たりにくいからか、右下は素直な新芽がなかなか出てこず、やっと今回、ふところ新芽を利用した、不要な枝抜きをやれた。
たぶん、さ来年からは、考える間が減り、手作業反復で楽になり、1日あればゆっくりできるようになるだろう。
これはアカマツ。メスとも聞くが。
手入れをさせてもらって、やっと3年目で、骨格の下地のできが見え始めてきた。今年も幾本かでかく枝抜きした。
葉が柔らかいので、一気にまとめてつかんで、指でもみあげし終わった枝から放していく。クロマツ、オスは硬くてそうはできない。
来年までに成長させて残しておく、切り返し用のふところ枝の新芽も、ぽろっと落ちやすい。
またアカマツは、幹肌を手でしごいて古皮を落として、赤い肌を磨くようにもする。
この松は三日目で終えたが、また来週も、再来週も、マツなのだった。